<サブカルWorld>(25)新海誠監督の新作『すずめの戸締まり』 廃虚を悼み 震災に向き合う

2023年1月24日 07時31分

主人公の鈴芽(左)と「閉じ師」の草太 ※写真は、いずれも ?2022「すずめの戸締まり」製作委員会

 大ヒット映画『君の名は。』で知られる新海誠監督の新作『すずめの戸締まり』(全国東宝系にて公開中)が好調だ。興行収入は120億円を超え、前作『天気の子』に迫る勢い。東日本大震災を題材にし、その描写に賛否が割れるなど話題を集めている。鑑賞し、新海作品の魅力やエンタメによる災害伝承について考えた。 (清水祐樹)
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 一人の幼い少女が月夜の中、草むらをかき分けて歩く。ところどころに廃屋や壊れた自動車があり、屋根の上に大きな船が乗っている家も見える。
 『すずめの戸締まり』は、そんなシーンで始まる。この映画は震災を扱った作品だという決意表明のようにも受け取れる幕開けだ。見る側も気が引き締まる。

鈴芽が幼い頃に使っていた椅子。草太が姿を変えられ、動き出すようになる

 物語は、九州で暮らす女子高校生の主人公?岩戸鈴芽(すずめ)が、「扉」を探す旅の青年?宗像草太と出会って展開する。扉があるのは、日本各地の廃虚。開くと向こう側から災いが訪れ、地震が起きる。草太は家業として扉に鍵をかけて回っている「閉じ師」だが、突然現れた謎の白猫「ダイジン」によって鈴芽が幼少時に使っていた三本脚の椅子に姿を変えられてしまう。
 『彼女と彼女の猫』という自主制作作品もある猫好きの新海監督だが、人間の言葉を話すダイジンはこれまでにない強いキャラクター性を感じさせ、椅子になった草太とのやりとりはコミカルでかわいらしい。

人間の言葉を話す白猫「ダイジン」

 ダイジンを追い、舞台は九州から四国、神戸、東京へと移る。旧温泉街や廃校、閉園した遊園地といった各地の廃虚で開いた扉を閉め、地震を止めていく。
 新海作品の特徴の一つが、その名を高めた『秒速5センチメートル』に代表される、現実世界をほうふつとさせる美しい情景描写だ。今回も健在だが、廃虚では逆に寂しさをいっそう募らせる。かつてそこにいた人々の声に耳を傾ける鈴芽の姿に、誰からも忘れ去られた場所を「悼む物語にしたかった」という新海監督の思いが表れている。
 旅先での多くの出会いを通して成長する鈴芽。草太との関係など新海作品らしい青春模様も描かれる。彼女の過去も徐々に明かされていき、ついに十二年前に大震災があった東北へ向かう。道中、印象的なシーンがある。
 福島県内とみられる丘の上で、自然に覆われた町と海を眺めた草太の友人が「このへんって、こんなにきれいな場所だったんだな」とつぶやく。その言葉に「ここがきれい…?」と驚く鈴芽。画面端には東京電力福島第一原発らしき施設がぼんやりと映る。
 二人の認識の隔たりは、そのまま現実にも通じるものだ。この友人に悪意はない。以前、原発取材を担当し、何度も福島を訪れていた記者には胸が痛むやりとりだった。
 こうした描写のほか、製作委員会が事前に異例の注意喚起をした、緊急地震速報を模した警報音が流れるシーンもあり、抵抗感がある人もいるだろう。
 全体的には、震災という重いテーマに向き合いつつ、鈴芽の解放と成長を巧みに描いて幅広い層の鑑賞に堪えるエンタメ作品にまとめたと感じた。新海監督が「自分の作品の中で一番優しい映画」などと語っているのもうなずける。
 一緒に鑑賞した娘(11)は東日本大震災の後の生まれ。感想を尋ねると、「震災の怖さ、生きていることの大切さを感じた」とのこと。こうした会話のきっかけになっただけでも見た価値があったと思いたい。

◆社会的なテーマ組み入れた野心作

 『新海誠 国民的アニメ作家の誕生』(集英社新書)の著書があるアニメーション研究?評論家の土居伸彰さん(41)は『すずめの戸締まり』をどう見たのか。
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 国民的作家という立場を認識した上で、エンタメであると同時に社会的なテーマを組み入れた野心作。
 代名詞でもあった音楽とのシンクロといった派手な表現を抑え、全てがクリアだった背景もぼやけた箇所を残して、人によって世界の見え方が違うことを示すなど、新たな表現を試しているのは驚いた。
 物語も主人公が追い求めるものが他者ではなく、自分自身を発見していく語り方はこれまでと全く異なり、監督の確かな力量を感じた。神話を織り込むなど日本の歴史にも言及があり、海外でどう評価されるか大変興味深い。
 本作を巡っては愛好家に限らないさまざまな専門家による論評が出ており、新海作品を通じてコミュニケーションの場をつくれる可能性が見えた作品となった。

映画「すずめの戸締まり」について話す新海誠監督

<しんかい?まこと> 1973年生まれ、長野県小海町(こうみまち)出身。大学卒業後、東京のゲーム会社勤務の傍ら、コンピューターグラフィックス(CG)を使ったアニメを自主制作。退社後に手掛けた短編『ほしのこえ』(2002年)で商業デビューし、監督?脚本?演出?作画?編集などほぼ全ての作業を1人でこなしたことで注目された。高校生の男女の意識が夢を通じて入れ替わる『君の名は。』(16年)が大ヒットし、日本アカデミー賞でアニメ作品では初となる「優秀監督賞」「最優秀脚本賞」を受賞した。

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