廊下で仮眠、長時間勤務が常態化…虐待された子どもも支える児童相談所の職場環境が過酷すぎる

2023年1月22日 12時00分

「疲弊する児童福祉職員へのサポートがない」と訴える飯島章太さん=千葉市中央区で

 全国で後を絶たない児童虐待。その対応を担う児童相談所の元職員が千葉県を相手取り、未払い賃金などの支払いを求めて提訴した。サポートが必要な子どもたちを支える児相は虐待件数の増加とともに過酷な労働環境に置かれている。元職員の訴えとは―。(山田祐一郎)

◆「子どもの支えになりたい」と思ったのに

 「人員不足や過大な業務量の中、児童福祉関係の職員が疲弊している。その職員へのサポートがないことが問題だと思います」。今月11日、千葉地裁で開かれた第2回口頭弁論の後、「こちら特報部」の取材に、原告の元児童相談所職員飯島章太さん(29)=埼玉県在住=が思いを語った。
 飯島さんは、2019年4月、児童指導員として千葉県に採用され、市川児童相談所に配属された。幼少期、父親との関係が険悪だった経験から、学生時代にボランティアで子ども電話相談にたずさわった。「子どもとかかわり、話を聴いて支えになれるような仕事をしたい」との思いで児相で働くことを希望した。
 だが、児相の労働環境は当初から違和感があったという。「4月1日に配属先を初めて知り、上司から具体的な仕事内容の説明もないまま、『あしたから夜勤いけるよね』と言われ、困惑した」
 児童指導員は、虐待や非行などを理由に一時保護されている子どもの自立を促すための援助や生活指導を行う。日中は保護されている小中学生の勉強を見て、夜勤の際は就寝まで相手をする。「誰かが業務を教えてくれることはなく、基本的には見よう見まね。子どもたちが一時保護所を退所した後の処遇についての意見を書く重要書類も指導はなく、過去のものを参考にするだけだった」と飯島さんは振り返る。

飯島さんがSNSに記していた当時の心境

◆一時保護所は定員超過、そして…

 勤務の忙しさは想像以上だった。日勤の場合、所定の勤務時間は午前8時半から午後5時15分までで、60分の休憩が認められている。だが、実際には休憩時間は取れず、書類をまとめるのは業務終了後。
 当時、市川児相の一時保護所の定員は20人だったが、保護されていた子どもは30?60人に上ったという。「特に大変だったのが、夜勤。職員用の仮眠室はなく、廊下で布団を敷いて寝ることになっていた。子どもがトイレに行けば起きなければならず、夜間の緊急一時保護にも対応しなければならなかった」
 子どもを管理するような指導も飯島さんを悩ませた。「一時保護所には無数のルールが存在する。でもその基準があいまいで、職員の感覚で『それはやってはいけない』というのが多かった」と指摘する。例えば、朝食のサラダにドレッシングとマヨネーズを両方かけた子どもが職員に怒鳴られたり、「ティッシュください」「トイレ行きます」など何事も申告することになっていたという。
 「萎縮して『納豆をご飯に掛けていいですか』と聞く子や、アンケートで一時保護所を『刑務所のよう』と答える子どももいた」と明かす飯島さん。一方で、上司からは「仕事が進まなくなるから子どもの話は聞くな」と指導された。「一人一人の子どもと向き合って話に耳を傾けることを目指していたはずなのに、自分が子どもを管理する側となっていることに葛藤を抱えていた」と飯島さん。その結果、4カ月ほどで休職を余儀なくされた。重度のうつ病だった。その後、復職と休職を繰り返し、21年11月に退職した。

◆問題があると批判される児相

 「職場に近づいて来るたびに緊張し、憂鬱ゆううつになっていく」「自分の大事にしてきた思いを今自分でぐちゃぐちゃにしつつある」。当時、飯島さんがSNS上で書いていた日記には、精神的に追い詰められていく様子が記されている。
 飯島さんが勤務を始めたのは、19年1月に同県野田市であった栗原心愛みあさん=当時(10)=虐待死事件の直後。心愛さんは一時保護解除後に父親に暴行を受けて死亡しており、担当した柏児相の判断が批判を受けた。提訴について飯島さんは「保護されたくない子どもが増え、職員のモチベーションが低下するかもといった複雑な気持ちがあった。だが、児相の現状をどうにかしなければという思いが強かった」と語る。
 弁護団長を務める船沢弘行弁護士は「児相の労働環境の過酷さと、児童福祉に使命を感じる若者が倒れていく現状に衝撃を受けた。飯島さん個人の権利回復だけでなく、いまも働く職員を救う訴訟にしたい」と意義を説明する。
 県側は争う姿勢だ。休憩時間が取れないことがあったのは認めたが、労働基準監督署からの是正勧告を受けて未払い賃金はすべて支払い済みだと主張。夜間勤務時に職員が廊下で寝るといった実態については「勤務の性質上やむを得ないもので他の職員もこなしている」と反論する。飯島さんは採用前からうつ病を患っているとし、勤務との因果関係を否定している。

飯島さんが勤務していた市川児童相談所=千葉県市川市で

◆精神疾患、職員不足…データでも明らか

 だが、県がどう主張しようが児相職員の過酷な状況はデータ上、明らかだ。21年12月の県議会で、前年度の児相の専門職(心理職、児童福祉司、児童指導員)の精神疾患による長期療養取得率が9.3%と、県職員平均の3倍以上となったことが報告された。最も高かったのが飯島さんがいた市川児相の児童指導員で16.7%だった。
 さらに同県内では児相職員不足も顕著だ。21年度実施の試験で採用された児相関係職員は、予定数146人に対して86人。22年度も予定数199人のうち、採用見込みは78人と4割に満たない。特に児童福祉司は予定数55人に対し、9人だけで今月、追加の採用試験を実施した。県の担当者は「東京の特別区で児相の設置が進むほか、各地で職員の採用数が拡大しており、自治体間で職員の取り合いになっている」と説明する。
 全国に225カ所ある児相の相談対応件数は増加が続く。厚生労働省の統計では、21年度の虐待相談対応件数は約20万7000件と過去最多。この10年で約3.5倍に増えた。20年に全国の児相を対象にした実態調査からは、労働環境悪化も見て取れる。
 回答した166施設のうち、「45時間超80時間以下の時間外?休日労働をした職員がいる」が76.5%、「80時間超100時間以下」が30.2%、「100時間超」は14.3%。また3割の施設がメンタルヘルス不調により1カ月以上の休職者がいるとした。

◆事案増に追いつかない職員数

 元大阪市中央児童相談所長で認定NPO法人「児童虐待防止協会」の津崎哲郎理事長は「全国的な事件が起こるたびに国は児相職員を増やす努力をしているが、それ以上に事案が増え、追いつかない」と現状を説明する。特に家庭に介入する役割の児童福祉司は負担が集中しやすいといい、「組織全体のサポート体制が十分でなければ、親との摩擦で精神的にまいってしまう」。飯島さんのような児童指導員についても「問題を抱える子どもの処遇のノウハウがないまま対処している」と実態を指摘する。
 施設が増えても働く職員が健全でなければ子どもの安全を守ることはできない。津崎さんはこう訴える。「募集しても職員が集まらないケースは千葉以外でも聞かれる。児相はいま大変な職場として敬遠されている。職員が持続的に働ける仕組みづくりが必要だ」

◆デスクメモ

 虐待被害に遭った子らが集まる児相の職員が、職場で「虐待」を受けていたという悲劇的な構造。放置すれば、救えるはずの子どもの命が失われる恐れも。やってる感だけの「異次元の少子化対策」などと言っている場合か。どんな子も健全に育つために、現場への緊急対策が必要だ。(歩)
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